『 家電の時代と流行。』

 家電ナビ、もと家電量販店で働いていました。

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阪神大震災時の家電量販店

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バブルがはじけて、オーディオメーカーは徐々に衰退していきました

しかし、家電量販店は独自のそれぞれの努力によって、経営をうまくして乗り越えていっていました。

 

バブル経済時期までは、高級志向の時代で、良い物を高くても購入するといった志向でしたが、

やがて、バブル崩壊後徐々に、安値志向に変わっていきました、安くて良いものが良く売れてました。

 

しかし、ある日、当然、兵庫県南部地域に大震災が発生しました、そうです、阪神淡路大震災です、

神戸市三宮が地震で大打撃を受け、神戸市を中心経営していた会社はものすごく被害が大きく、

とりわけ兵庫県神戸市三の宮に大型店を経営していた星電社が、大打撃を受けたようでした、

また家電量販店ではありませんが流通業の覇者だった、ダイエーも、この時期から衰退していきました、

兵庫県以外の場所は被害はなく、関西地区の家電業界はまだ、関西地区の家電量販店同士で、

努力によって、家電製品を多数販売していきました、この時期の私が働いていた家電量販店は絶好調で、

ヤル事なす事うまくいき、ぐんぐん売上高を伸ばしていき、関西一円に、新規出店をしていました。

 

この時期の家電は、安さ合戦でした、より良い物を高くても購入する、っといった高級志向は、

姿を消し、安さで勝負って、感じに変わっていきました。

 

この時期、の星電社は、高級志向の家電量販店でした、知人が、この星電社で働いていたことがあり、

話を聞くと、1本100万円クラスのスピーカーも、売れていたと言っていました。

この時期の関西の家電量販店は星電社が一番被害を受け、その他の関西の家電量販店は、少しの被害で済み、

ますます、関西地区の家電量販店同士で、戦っていきました、戦いは、安値合戦でした。

 

バブル時終了後の家電量販店

バブル時終了後の家電量販店は、家電量販店はバブルがはじけ、

オーディオメーカーが衰退していく時期にでも、

家電量販店の努力によって、家電販売は、まだまだ、売れ続けていた。

 

関西地区では、都市型駅前の家電店ですが当時の大阪の日本橋筋商店街には、ものすごく多くの家電店がひしめいていました、上新電機、二宮無線電機、中川無線電機、など、他にも数々の家電販売店がありました、それぞれに、独自の雰囲気で家電を販売していました、

また兵庫県では星電社が神戸の三ノ宮に駅前型のお店があり、

また神戸ハーバーランドには、星電社、ダイエーの家電専門ビル、などがありました。

 

関西地区の郊外型の、家電量販店は、上新電機、和光電気、ミドリ電化、八千代ムセン電機、中川無線電機、星電社、が、ありました、郊外でも新規出店で、それぞれの家電量販店が、頑張っていました、

奈良には、上新電機、中川無線電機、二宮無線電機、八千代ムセン電機、など、郊外ですぐ近くに店舗そろって出店していた場所もありました。

 

私も関西本社の家電量販店に働いていましたので、大阪、奈良、神戸、京都などで、働いていました、

どの関西の家電量販店も、バブルがはじけてもまだまだ、元気に家電製品を販売していました。

 

この時期はまだインターネット時代にはなってませんでした。

 

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バブル終了前後時期の家電量販店はどうだったか?

 

バブル時に、かなり好調に、テレビが売れました、2015年現在のような薄型テレビではなく、

ブラウン管タイプで、32型クラスが良く売れました、私の記憶では、東芝のバズーカってテレビが良く売れました、テレビの後ろ側に、スピーカーが、バズーカのようについていました、

ビデオは、やっぱりVHS開発メーカーのビクター製が良く売れました、

hi-fiビデオ、つまり、音声がステレオのタイプのビデオです、HR-Dなになにって、のが良く売れました、

その当時は高級品だったS-VHSビデオも、良く売れました、S端子で接続して画像が綺麗でした、

S-VHSデッキは、S-VHSて-プで、録画しない効果が発揮できませんので、

少し高価なS-VHSテープも良く売れました、

個人的にはFUJIフィルムのテープが綺麗だと思ってました、ビデオデッキは、良く温度変化で、内部が湿気たので画像、音声が、乱れるコントロールし信号の部分のヘッドが良く汚れたので、フジフィルムの、

クリーニングテープは、良く利用しました、湿式と乾式がありましたが、乾式が使いやすかったので、

お客さんにもよく勧めました。

 

バブルが始まり少しすると、オ-ディオ関係のメーカに、変化が見え始めました、

サンスイが、だんだんとあまり見なくなっていきました、

そして、ステレオだけを作っているメーカーは、何か変化していったようです、

そうです、ステレオの値段が10万はかかっていたのが、だんだん安いステレオになってきました、

その時期からステレオ、ラジカセは、小型化になっていきました、でもまだオ-ディオのファンは、

多数いました、2015年現在は郊外型の量販店にっても、ほぼほぼ、ステレオは少ないですね、

バブル時は、多数展示されていました、しかし都市型の駅前型の家電量販店は、バブル時も、2015年も、

良いステレオを、多数展示しています。

 

 

話は戻りますが、ステレオのみのメーカーはこの時期から衰退していきました。

 

バブル時の家電量販店の取引先メーカー

バブル時の家電量販店の取引先メーカーは、

いろんなメーカーがありました、オーディオメーカも隆盛期でしたね、

ビクター、AIWA、ケンウッド、ONKYO、DENON、YAMAHA、パイオニア、サンスイ、

ナショナル、

ステレオは、けっこう数売れてました、アナログプレーヤーと、CDプレイヤーと、両方ついていました。

 

このバブル時は、ステレオの変換期でもありました、アナログからデジタルにだんだんと、

変わっていき始めてました、それから、バック トウ ザ フーチャー、って映画が、

流行っていました、そして当時は、DOLBYシステムの、立体音響が流行ってました、

ステレオも、ドルビーサラウンドが流行ってました、そして、AVアンプで、サラウンドを楽しんでました。

 

カセットテープは、まだまだこの時期主流でした、それからこの時期、パイオニアがレーザーデイスクプレーヤー、ビクターはVHDプレイヤーでした、どちらもまだ売れていましたが、

しばらくするとVHDプレーヤは売れなくなり、レーザーディスクプレーヤーの方が、流行り、ばんばんうれました。

 

 

このころのビデオは、SONYがベーター方式、ビクターが、VHS方式でした、

両方とも、ビデオはものすごく売れていました、SONYのベーター方式も、

SONYマニアが付いていたのでかなり売れていました。

日本経済がバブル時の家電量販店

 

日本経済がバブル時の家電量販店は、ものすごく、どこの店も売れていたようです、

私も家電量販店で働いており、メーカー主催の勉強会とか、知り合いが、他の家電量販店で働いている、

知人がいましたので聞くと、日本全国で、爆発的に家電製品が、売れていたみたいです。

 

当時夢有名だったのは、第一家庭電器、ロケット、石丸電気、ラオックス、星電社、和光電気、二宮無線電機、

上新電機、八千代ムセン電機、ミドリ電機、中川無線電機、ベスト電器、まだまだ日本全国で、家電量販店がひしめき合い、流通戦争状態でした、よく家電量販戦国時代なんて、経済紙に出ていました、

そのとうりかもしれません、上に書いた家電量販店はある会社は合併で姿が消え、ある会社は戦いに敗れて消えていってしいました。

 

 

私はこの時期は関西本社の家電量販店で、働いていましたので、これくらいしか覚えていませんですが、

日本全国に勢いを増していった家電量販店がまだまだ、あったような感じです。